いっそ、逃げ出したい羞恥をこらえさせたものは、ふたつ。
ひとつは、サーシャへの仕送り。
両親の列車事故の弔慰金も、底を突き出した今、収入が増えることは・・・それも、倍増はありがたいとしか言えない。
もうひとつは、微かな希望でしかないのだろうが、
観客の中には、きっと、踊りを見に来る人がいる。
たったひとりでも、純粋に踊りを見てくれる人がいれば・・・、
その人のために踊れる。
自分の存在価値が、踊りに支えられているかぎり、どんな場末でも・・踊れる。
何度もくじけそうになる心を叱咤して、
2週間が過ぎた。
だが、たった、2週間でターニャをささえていた物事がくずれさるとは、
ターニャも思いもしなかった。
イワノフから、事務所に来るようにと
連絡を受けた時、
ターニャは自宅で一通の手紙を手にしていた。
差出人はサーシャ。
封をあけなくても、内容は分かる気がする。
キエフでの生活。
レッスンのこと。
そして、それらを支えるべきバイトはみつかったろうか?
ターニャの知りたい答えがこの手紙に入っている。
封をきろうとした時、イワノフから連絡が入った。
なんとなく、憂鬱なイワノフの声にターニャは
サーシャの手紙を後にすることにした。
またも、ろくでもない演目をしいられるのかもしれない。
もしかすると、もっと、腰をふれとか、
胸を揺すれとか、
そういう類いの注文かもしれない。
イワノフの憂鬱そうな声音が
ろくなニュースでないと証明しているから
サーシャの手紙で、胸を弾ませた思いがいっぺんにしぼんでしまうだろうから
イワノフの話を聞いてから
サーシャの手紙を読んだほうが安らぐと考えた。
手紙の封をきらないまま、ダイニングテーブルの上に置くと、
ターニャはイワノフの事務所に行くために
ストールをまきつけた。
外は随分春めいてきていたけど、
やはり、まだ、寒い。
寒い外を歩き、
また、イワノフの話に心を凍えさせられる。
帰ってきたら、身も心も温めてくれる手紙を
留守番役にして、
「なにをいわれても、くじけない」
独り言で、応援しながら、
ターニャはイワノフの前に立った。
イワノフと二人きりで真正面きって、会うのは、アフターに入ると宣言して以来だ。
イワノフの求婚を断ったせいもある。
イワノフももう、ターニャを引きとめようともせず、ターニャの申請通り、次の日から
アフターの振り付け師がついた。
向かい合わせの席でイワノフが
「アフターでのデビューは予想以上に
大反響だよ」と、ターニャをたたえた。
そうなのだろうか?
実際問題、ターニャには、大きな手ごたえを感じない。
むしろ、舞台をはねて、街で買い物をしていてさえも、観客のあの特異なまなざしと同質な視線を感じ、あえて、手ごたえがあるというのなら、それは、嫌悪感でしかなかった。
「それが証拠に、僕個人としてははなはだ不愉快でしかないが、君と個人契約を交わしたいとの、申し込みが
この2週間で、13件。
僕の一存で握りつぶすわけにもいかないし、
検討するのは、君本人なんだから・・・。
君の参考になるか、どうか、分からないが・・・。13人の申込者のリストを作っておいた。特殊な契約を望んでいる人たちなので・・・プライベート情報として
読み終えたら・・・破棄してくれたまえ」
『え?』
イワノフから告げられた事実と
イワノフが告げるという事実とが、
ターニャに二重の衝撃を与えていた。
ターニャが暫しの沈黙を護らざるを得なかったのは怒りが言葉を作らせなかったせい。
混乱の怒声は、ただのわめき声になりそうで、
わあああと、叫びそうになる喉元をおさえつけておくのが、精一杯だった。
「わざわざ、よびたてておいて、
用事はそれだけでもうしわけないのだが・・・。
今日もアフターだろう?
帰って・・・」
良いと、いいかけた、イワノフの
傍らまで、ターニャが近づいてきていた。
ターニャの顔色で次に起きることが予測できるとイワノフは泰然自若の様でその場に立ち尽くした。
怒りの相貌のターニャといえば、声にならない思いをイワノフにぶつけざるを得なかった。
それが、すでに、イワノフへの甘えと期待を裏切られた反動でしかないときがつかないまま。
今。
イワノフの頬がターニャの平手打ちに
パンと高い音を立てた。
イワノフはなにもかも、承知していたともいえる。
黙ってターニャを見つめると
ターニャの心の中で起きている理解が
偏った物でしかないことを
今のターニャに説明できるか、
ターニャに聞く耳があるか、どうかだけを
考えていた。
「イワノフさん!!」
怒りを掌で開放したせいで、
ターニャの喉が堰を開いていた。
「なんだろう・・」
まずは、ターニャの怒りを胸の中から吐き出させるしかない。
それをしなければ
ターニャはイワノフの言葉を聞こうとはしないだろう。
我が子に対する親の許容にちかい姿勢で
イワノフはターニャに対峙する。
「これじゃあ・・・
まるで・・・」
まるで?
なんだろう?
「まるで、ここは、売春宿じゃないですか。
アフターの踊り娘は・・売春婦じゃ・・ないですか」
興奮が堰をきり、ターニャの目に溢れる。
「私は・・・」
踊り娘・・踊りたいだけ。
なのに。
「あなたは、呈よく、劇場という蓑に隠れて、女の子を斡旋してる、
ただの悪党だわ。
そして・・・・」
私もその悪党の餌食・・・。
結婚を断ったから?
だから、平気で狼たちの餌にしてやるって?
私は・・・いったい、なに?
貴方はいったい、私の何をみて、
求婚したの?
求婚まで、したくせに
どうして・・・
こんなことが、できるの?
手に持った個人情報の封筒をわざと
胸に抱くと
ターニャはせいぜい、目一杯の皮肉と強がりをいうしかなかった。
「お望みどおり。
私、せいぜい、立派な殿方をえらばせていただきます。
ただし、
20も30も年上のおじいさんのお相手だけは、さけさせていただきますけど」
いいはなつと、ターニャは事務所から、でていこうとした。
だが、
イワノフは静かな瞳のままで、
ターニャをみつめかえしていた。
「君は、本当に私を悪党だとおもうのかね?」
「そうよ。
じゃ、なけりゃ、なに?
ひも?ジゴロ?」
「君は・・・・。
恵まれすぎていて、めくらになっているよ」
なに?
あなたが悪党に見える私がおかしい?
いうにことかいて、
とんでもない方便。
おまけに、また・・・・。
恵まれてる・・・・?
なんだというのよ・・・。
「私のどこが、めぐまれてるというの?」
イワノフはターニャが尋ねてくる事を待っていたといえる。
尋ねるイコール耳を貸す体制になりつつあるといえるからだ。
「まず、君に言っておかなければいけないことがある。
パトロンは強制じゃない。
アフターを張る踊り娘の特権ともいえる権利であって、義務じゃない。
断るも受けるも踊り娘の自由である。
これは、君がアフターに入ると言った時に
心得ていてくれと僕は念を押したはずだ」
イワノフの言葉にターニャが反駁する。
「でも・・・実際、こんな風に資料まで渡されたらパトロンを持てといわれてるのと同じことだわ」
「それは、君の覚悟が浅いってことじゃないかね?」
この言い方ではターニャが誤解すると分かっていながらイワノフは他の言葉を選べなかった。
「アフターにはいる。イコール、パトロンが付く。そうならば、そうだと初めにいってくださればいいわけでしょ?
断ればいいって、いったのは、貴方だわ。
なのに、こんな事されたら・・・」
「違うね。
君がアフターにはいっても、パトロンを持たずに置くこともコレも、君の権利だ。
だけど、それでも、パトロンの話は舞い込む。
それに流されず、踊りだけで、アフターを張っていく。その覚悟が出来ていたら、君は僕を叩いたりしていない」
ゆっくりとターニャを覗き込み
イワノフが望む返事が返ってくることを待つ。
と、
「だけど・・・貴方はそんな私を分かっていて
資料まで作る必要なんか・・ないじゃない!!」
どうせ、断ると分かっていて、ナゼご丁寧に個人資料まで作って渡さなきゃ成らない?
「僕は君にほかのアフターの踊り娘と同じように対処しただけにすぎない。
君だけを特別に扱うべきだとかんがえているのは、君のほうだ。
君は僕に擁護されて当たり前だと思っている。
踊り娘が自分の力で舞台をはっていくことが、
どんなにむつかしいか、君には、わかっていない」
立て続けに並びたてられたイワノフの言葉にいくつもターニャが思っても見なかったことがあった。
「ちょっと待って・・・?
特別に扱う?
私は特別に扱われていたわけ?
擁護されていたわけ?
そして、アフターに入ったら
いいえ、
結婚を断ったら
皆にこうやって、断ることができないように、
資料を渡していたように、私にも渡すのが、
公平な扱い?
あげく、
踊り娘が独りで舞台を張るのがむつかしいから、パトロンを持たなきゃならない?」
矢継ぎ早にはむかいの言葉を投げつけらても、イワノフもターニャの痛いところをつきたくないばかりに黙り込むしかなかった。
「つまり、パトロンを持たずにアフターにたてる。それが、恵まれてるってことだっていいたいわけね?」
どうして、此処まで曲解してしまうのか、
その心の底の本心に気がついているイワノフはターニャの心が解ける時期を待つしかないと改めて思いなおしていた。
「君にはパトロンが必要じゃなくても、
ほかの踊り娘の中には、パトロンが必要な娘もいるんだよ。君もまた、いつなんどき、パトロンが必要な立場になるか、判らないし、
君はパトロンを悪視してるけど、
それが、出会いで今じゃ幸せな結婚をしてる娘もいる。たまたま、一生の伴侶との出会いが
そういう形になることもある。
と、したら、君に求婚を断られた僕が
出会いのチャンスを握りつぶす権利はないだろ?」
話の支点をずらされたと気がつくこともできないほど、
イワノフの顔があまりにも、淋しく悲しそうで
ターニャは
これ以上イワノフに言い返せなくなった。
「君の気分を害させた事はすまないと思っているよ。だけど、例えば、カタリナのように、
父親がアル中で廃人同様で病院に入院していて、母親の稼ぎは入院費用に飛んでいくし、
若いときに生んだ子供の養育費用と
母親の生活費と、自分の生活費。
どう頑張っても、アフターの稼ぎだけじゃ
おいつかない。そんな娘にとって、パトロンの話は天の助けなんだよ。
それが、あるおかげで、好きな踊りで身をたてていける。
こういう場合も有るんだ。
多かれ少なかれ、パトロンの存在で救われている。その救いを僕は分かっているから
あえて、パトロンの話は踊り娘の特権だという。裸の身をさらしてまで、舞台にたとうとする彼女達がすがれる存在はそんな者しかいないんだよ」
『それは・・・
つまり・・・・
私には・・・
貴方が居る・・から
恵まれてる?
カタリナ・・・
貴方が言う・・・恵まれてるは
そういう意味?』
憔悴が、どこからわいてくるものか、
わからないまま、
おぼつかない足取りで
イワノフの事務室から出てくると、
ターニャは時計を見つめなおした。
今一度、自宅へ帰るには、
とんぼ帰りすぎる。
すこし、早いけれど、アフターの仕度にとりかかろうか。
控え室で珈琲をのんで、
すこし、気分を変えよう。
サーシャの手紙がターニャの気分をもっとよくかえてくれるだろうけど、
イワノフとの話し合い・・と、いえるだろうか?
でも・・・。
話し合い。
いつのまにか、時間が流れていた。
控え室の前に立ったターニャは首をかしげた。
もう、誰かきてる。
ドアの隙間から漏れる光と
いくばくか、荒い息。
誰だろう?
なんだろう?
ターニャは扉をノックすると
「入るわよ」
と、中の誰かに声をかけながら、扉を開いた。
「あっ・・カタリナ?」
控え室の中央の狭いスペースで
カタリナは振り付けのおさらいをしていた。
荒い息はカタリナの喉からはっせられたものに
相違なかった。
「あら?」
ターニャに気がつくと、
カタリナは照れ臭そうに笑った。
「何度、踊っても舞台に立つ前は不安になるわ」
それが、こんなところで、レッスンのおさらいをしていた、いいわけ。
「どうしたの?早いじゃない。
やる気まんまん?それにしちゃ冴えない顔色ね。ん?なんかあった?」
軽い汗をふきとりながら
にこやかに笑いかけるカタリナがひどく優しくみえて、
ターニャの糸がぷつりと切れた。
「さっき、イワノフさんに呼ばれて・・・」
皆までしゃべらなくても、先達のカタリナである。
察するものがある。
「あ〜〜〜。パトロンの件?
あなただったら、すごいでしょ?
何人お声ががりがあったの?」
なんでもないことのように、
受け答えるカタリナの野放図さ。
重大問題のように考え込んでるほうが、
おかしいと、思えてきたのは、
ターニャの心にやっと余裕がでてきたせいだろう。
「ん・・・13件・・・」
「ひゃああ〜〜〜。すごいね。
あたしなんか、そこから10もひいてくれなきゃなんないね」
「そんなこと・・・」
なにも嬉しくないことなのに、
なぜか、ほめられたように思えるのは、
カタリナの心に邪気がないせいだろう。
「でも、ことわっちゃうんでしょ?」
カタリナなりにターニャの心を見抜いているらしく、ターニャの方針をいいあてた。
「う・・・ん」
「なに?歯切れの悪い返事だね?
迷ってるってこと?」
それも見透かすと
「なんで、迷うの?」
なかなか鋭い質問を寄せてくる。
「うん・・・。あのね」
カタリナになら、うまく話せそうな気がして
ターニャはきりだしていた。
「聞いてくれる?」
イワノフとのひと悶着をききおえると、
カタリナは大きなため息をついた。
「ん〜〜〜〜。
なんていっていいのかなあ。
あたしが聞いてると、どうしても、
イワノフさんの求婚をうければよかったのになあ。
って、そればかり、思うんだよね」
なぜだろう?
サーシャも似たようなことを言った。
『きちんと、求婚してくれなかったことが不満』
百歩譲ってサーシャの言うとおりだとしても、
カタリナの言い分は跳び越しすぎている。
「なぜ?
イワノフさんが、アフターで踊れといってきたのよ。
その同じ口で、求婚されても・・・・」
「はああああ〜〜ん」
「なによ?」
なにか、からかい半分のまなざしにむきになるターニャに
「わかった」
と、カタリナがひとりがてんにうなづく。
「な・・なによ?」
「ようするに・・・。
ひとつ。
あなたは自分が恵まれてる。
それが、わからない。
ふたつ。
あなたは、まけおしみの強い人ね。
うん・・・プライドだけ人一倍強い」
カタリナは遠慮会釈なく好き放題いいたてる。
が、
喧嘩になりそうな物言いのうしろの顔は酷く優しい。
だから、ターニャも穏やかにたずねなおすことができた。
「それ・・は、どういう事?」
「そうだね。
まず、恵まれてるってこと。
うまくいえる自信はないんだけどね。
まず、あなたは、どうにしてでも、
ん〜〜〜。
例えば、
身を売ってでも、
どうにしてでも、
踊り続けたいって、そんな事しなきゃ
舞台にたてない。
そんな目にあってないよね。
ぽっと、入った劇場で
いきなり、ソロをはって、
アフターに入ったって
十把一絡げのラインダンスから
登っていくのが普通のところを
これまた、いきなり。ソロデヴュー。
恵まれてるとしか、いえないけど、
そのおかげで
あなたは、石にしがみついてでも、
踊りぬく、って、情熱に欠けてる。
あたしは、
踊りたい。
パトロンがど〜の。
アフターがど〜の。
裸がど〜の。
そんなことどうでもいい。
踊り続けていくための材料でしかない。
まあ、アフターのソロにしたって、
イワノフさんのてこいれが随分あると思うけど、あなたは、それさえ、あたりまえに考えて
踊れる事を喜んで無いし
イワノフさんに感謝さえしない。
そして、その事実に気がついたら
今度はあなたは、てこいれされてソロに立った自分でしかなかったって、落ち込む。
それが、プライドの高さ。
あたしだったら、どんなに有り難いか。
何も見返りも求めず、後援してくれて、
そのおかげで、踊れる。
パトロンというよりスポンサーなんだろうけどさ。
その後押しに答えるためにもすこしでも、いい踊りをしたいって思うのが本当でしょ?
なにが・・・迷ってるよ。
笑わせないでよ。
黙って応援してくれていた人間に
感謝一つもしないで、
パトロンを持とうかしら?
そんなのね。
踊り娘より先に人として、失格。
あなたね・・・。イワノフさんが
女性としてみてくれてないって、
おもってるでしょ?
商品みたいに扱われてるって・・・。
それも、とんでもな〜〜〜〜い・・よ。
イワノフさんは
貴方の意思をなによりも尊重してるし、
あなたのことはよく分かってる。
あなたは、
ただの負け犬。
踊りじゃ身をたてられない自分の思いいれのなさを、
裸踊りのせいにして、
そこからイワノフさんにすがれば
もっと自分が惨めになるから、
気になってしかたがない存在に蓋をして
いやいや、胸を晒し
踊りを踊るんじゃなくて
胸をさらすだけ。
そして、胸を晒さなきゃならなくなった。
惨めになった。
落ちる所まで落とされたって、
わざと、イワノフさんに面当てして見せてる。
あなたが、イワノフさんをどんなにか、心の内に住まわせてるか、自分で気がついてない?
あなたが取った態度。
あなたがイワノフさんをただの雇用主と、考えてたら叩くなんてできないよ。
あなたは、イワノフさんに護ってもらえなかったって、思い込んで怒り狂ったわけだろうけど、
イワノフさんがただの雇用主ならあなたを
護る義務さえない。
でも、あなたの中でイワノフさんは
あなたを護ってくれる人だった。
だから、怒る。
それ、どういう意味か、わかるよね」
カタリナに解き明かされた
ターニャの心の襞はあまりにも鮮明だった。
「私は・・・踊れない・・?」
「そうよ。
踊って無いわね。
踊りたくて、踊りたくて
無性に踊りたくて・・・。
あなたのどこに、踊りがあるの?
踊りを捨てきれない未練と
妹さん?への仕送り?
妹さんのせいとは、いいたくなくて、
わが身を犠牲にする美談で宥めて
いやいや、
仕方なく、踊る。
そこから抜け出して
あっさりイワノフさんに救いだしてもらうも、
沽券にかかわって・・。
ちゅうぶらりんで、いつまでも、もがいてなさい」
「じゃあ・・私は・・イワノフさんを断らなかったほうが良かったってこと?」
「そうかもね・・・。
でも、今のあなたじゃイワノフさんまで、ちゅうぶらりんにして、苦しめるだけ。
あなたから踊りを奪い取った・・・
って、苦しめられるだけ。
そんな結婚生活が幸せ?」
「わ・・た・・・し・・」
どうすればいいのだろう?
なにか、言いかけたターニャにカタリナの声が被った。
「ターニャ・・・行こう。
もう、舞台が開く・・・」
急かすだけのことはある。
カタリナが今日の出し物のトップ。
カタリナをみおくって、
舞台の袖にたった、ターニャは
カタリナの踊りに釘付けになった。
演目はオリジナル。
ストーリーがある。
街角に立つ娼婦。
それが、カタリナ。
曝け出した胸を誇り
ストリートを闊歩する紳士を
こまねく。
だけど、だれ独り、カタリナの誘いにのってこない。
あれやこれやの術を使い
しなをつくり、
胸を揺すり
カモン・カモンと指をうごめかす。
それでも、誰ひとり、カタリナにふりむかない。
強行手段のカタリナは歩く紳士の手をつかまえ、
自分の胸に触れさせてみるけれど・・・。
これも、ダメ。
ふてくされて、路上に座り込むカタリナ。
そこにチャチャチャ風にアレンジされた
シャル・ウィ・ダンスが流れ出し
通り過ぎると見えた紳士が
カタリナに手を差し伸べる。
「シャル・ウィ・ダンス」
なんですって?
「♪シャル・ウィ・ダンス」
どうせ路上の接客業。
お客様の望むとおり。
と、カタリナが踊り出すと
さっき通り過ぎた紳士や
今、通りぬけかけた人達まで
立ち止まると
いっせいにチャチャチャをおどりだす。
カタリナの心そのもの。
身を売るんじゃない。
踊りたい。
踊りたい。
舞台の華と化したカタリナはあでやかだったけど、
それ以上に
「なんて、楽しそうに踊るの・・・」
役になりきって、
ただただ、踊りを踊る。
誰もカタリナに変な好奇の目を向けていない。
本人にとって楽しい。
それだけで、見ているものまで楽しくなる。
踊りは・・・
本来そんなものなのかもしれない。
楽しくて、楽しくて、仕方が無い。
それだけのもの。
そこが、原点。
『私は・・・むしろ・・・
踊り続けていくために
苦しんでいる』
それは、
踊りに対して・・・
あまりにも不誠実。
『でも・・・私は・・・
やっぱりたのしめない。
胸をさらすのは、
どうしても・・・苦痛』
でも・・・。
どうしようもない。
稼がなきゃならない。
心の自由をなくし
枷をはめられた踊りを
みていても、
観客だって楽しくない。
むしろ・・・・。
その苦境からすくいだしてやりたい心境に駆られる。
だから・・・。
13件?
『私は自分を映し出した鏡を見て
嘆いていただけ?』
いっそ、舞台にあがることは、あきらめて、
独りの部屋で自由に踊りつづけるだけ。
そんなふうな趣味として・・・
踊りたい心をもっと大事にできたかもしれなかったのに・・・。
ひどく、イワノフの笑顔が恋しく思えて
ターニャは
自分の肩を自分の手でなでさすった。
「そう・・・。
私は独りで生きるしかないんだから・・・。
がんばらなきゃ・・・」
ターニャの出番はまだ、先。
すこしだけ、カタリナのいう事が
理解できたと伝えに行こうと
ターニャは思った。

